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『利下げ開始を素直に喜べないアメリカ』掲載記事より

「FP E-RPESS」(by FP研究所) 連載第76回

『利下げ開始を素直に喜べないアメリカ』

 (執筆者:「株メンター」梶井 広行)

※以下、連載記事の転載です。

 

 

こんにちは、お元気ですか? 株メンターです。

日本株・Jリートの運用責任者(ファンドマネージャー)を務めてきた経験を踏まえ、広く投資に関する話題を毎月お伝えしています。

 

アメリカはいよいよ、利下げモードに入ります。

FRBのパウエル議長は、先月のジャクソンホール講演で「時は来た」と事実上9月FOMCでの利下げを事前に明言しました。珍しいことです。

 

トランプ氏が先日、「私が大統領になる前には、まだ利下げをやるな」と訳の分からない(笑)発言をしていたので、そのような圧力には屈しない、と地ならしをするかのような事前の宣言、でした。

 

さてこれから、FRBはどうするのでしょう。トランプは大統領になったらFRBの金融政策に介入する気満々ですが、そのような異常事態は一応想定しない前提で、米経済・金融政策について、今回は取り上げます。

 

【米景気に減速感】

アメリカの景気は今後、徐々に減速すると私はみています。

コロナ禍で2人の大統領がばら撒いた失業手当等の過剰貯蓄は、連銀推計などによると概ね昨年までで使い果たしたようです。富裕層以外の消費活動は既に減速が顕著で、マックやスタバは業績の伸びが鈍化しています。

また、タイトだった労働需給も緩和を始め、失業率が上昇し始めています。求人が減る一方で、失業者がコロナ禍で配られた失業手当を使い果たし、雇用市場に戻ってきています。また移民問題の影響に加え、学生ローンの支払い猶予策などが昨年までで終了している影響もありそうです。

 

【利下げを繰り返し、株価は当初上昇】

9月から利下げを始めるとみられるFRBは、経済指標を見ながら今年、そして来年も数回ずつ利下げを繰り返す、と市場は予想していますが、本当にそうなるでしょうか。

株式市場では多くの投資家が、大統領選挙後になれば不透明感が払しょくされ、株価は上昇すると期待しています。過去、実際に選挙後は上昇したケースが多く、いつものジンクス通り、とみているのでしょう。

 

【しかし、・・・】

しかし、今までとは時代が違う、と私は思います。

今はインフレ時代です。

トランプが大統領になった2016年やコロナショック時は、経済が減速したり危機が到来したら、即座に利下げして経済・市場を活性化することができました。

しかし、インフレ時代に利下げを繰り返すと、確実に物価にも影響が出ます。インフレが加速してしまうのです。

 

今までFRBが利上げ後も高い金利を維持してきたのは、インフレを抑えるため、でした。足元でインフレが落ち着いてきたから、今回利下げへの政策転換の道がようやく開かれたのです。ここで金融引締めをやめて利下げを始めれば、インフレ再燃、ともなり兼ねません。

 

【ジレンマに悩まされる金融当局】

インフレ時代、とは、金融政策のかじ取りが非常に難しい時代と言えます。

利上げをすれば、インフレは収まるが経済は悪化し株価も下がる。一方利下げをすれば、経済・株価は元気になるがインフレが再燃します。

インフレ時代においては、当局はこのジレンマに悩まされることになるのです。

 

【歴史の教訓】

「インフレ退治」と「経済・株価を守る」ことは、二律背反、同時に達成することは難しいです。どちらかを取ればどちらかが犠牲になる関係といえます。

では実際に、過去世界の国々はどちらを優先してきたのでしょうか。

実は殆どの金融当局は、このジレンマに陥った際、経済や株価を犠牲にしてもインフレ退治を優先し、まずは利上げに動きました。インフレはどうしても先送りできない最優先課題だからです。日々の暮らしに直結するので、これを放置すれば社会不安にまで発展し、時の政権を不安定化させ兼ねません。

 

今回FRBは、まずは利下げを続けるのでしょうが、それにより物価がもし反転上昇となれば、FRBは再び利上げに転じざるを得ないでしょう。

利下げにより景気の悪化は回避し、でもインフレは再燃させないよう、絶妙に金融政策をコントロールしなければなりません。これはFRBにとって至難の業です。

 

また景気悪化を防ぐため、コロナ禍の時と同様、減税などの財政出動も行われるかもしれませんが、それも一方でインフレの加速を促すことになります。

 

【まとめ】

インフレ時代とは、双子の赤字を抱えるアメリカにとって、非常に厄介な時代です。景気対策を打つと物価・金利がすぐに上がりやすく、しかも高止まりしやすいからです。

今後のアメリカの金融・財政の政策運営は、容易ではありません。

 

 

ではまた次回に。

(月1連載)